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2008年8月11日 (月)

直立不動の少年

Rimg00051   今日はイエローオレアンダーについて紹介しようと思ったのですが、幸四郎ママさんのブログを覗いたら、頭から離れないことがあるので、話題を代えることに・・・

8月6日、9日それぞれ、広島、長崎の原爆記念日ですね。日本から離れていると、ますます原爆の話題から離れてしまいがちです。それに、9日はシンガポールのナショナルデーだったりして、こちらでは賑やかな日です。

我が家では、10日は結婚記念日。でも、きっと忘れてます彼。何かの書類に書くときだけ聞かれるの。いつだっけ・・・6日だっけ、9日だっけ、15日だっけって。。。あれー、もしかして10日だっけ??って。。。ひどいじゃありませんか~~!! ぷんぷん

ははは、そんな話はやめにして。。。

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8日の日の夕方だったか(?)、テレビで、あるアメリカ人のドキュメンタリーをやっていました。1945年8月9日は、長崎に原爆が投下された日。その日、写真家Joe O'Donnell(ジョー・オダネル)氏は米軍記録係として、原爆投下直後の様子を撮影する仕事に携わりました。アメリカに帰ってからの苦悩の日々。彼はトランクを開き、中に入っている悲惨な写真をアメリカの各地で展示する行動をとります。けれど、どこでも断られ、多くのアメリカ人からバッシングを浴びせられ続けます。・・・・奥さんも彼の国を売るような行為を理解できず、離婚。それでも彼は行動し続け、戦争のむごさ、罪深さを真実の写真と共に訴え続けます。

彼は自分も被爆による皮膚がんで長崎の原爆の日と同じ8月9日にこの世を去りました。いまでは息子さんがその意志を継いで写真を公開し続けています。

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あのテレビを見た方も多くいらっしゃる事と思います。

実はテレビは他の仕事をしながら見なくてはいけなかったので、その中の写真、「直立不動の少年」を見逃していました。が、今日幸四郎ママさんのブログ(8月9日という日)でその写真を見て、かなりの衝撃を受けました。

直立不動の少年」このような少年はもういて欲しくはない。そして見たくはないかもしれないけれど、でも見なくてはいけない。

知らなくては・・・何も始まらない・・・

私は広島育ち。私の小さい頃にはまだ、ケロイド(被爆によるやけどの跡)のある人達が、まわりにたくさんいました。市内の比治山という山の上にはABCCというアメリカの原爆調査の施設があり、選ばれた被爆者と非被爆者が定期的に検診を受けることになっていました。市内を走る外車はこのABCCの車。非被爆者として検診を受ける母を迎えに来た大きな大きな外車を見て、なんだかかっこいいなあ~~と、小さい頃に思った経験があります。乗り込む母が凄くかっこいい人に見えました。検診を受けた人はお土産として、チョコレートだったか・・・素敵なお土産がもらえたのです。母が持って帰ったチョコレートは大国の香りがしたのを覚えています。

原爆はひどいこと・・・アメリカは原爆を落とした国。それを知っているのに、広島で育った私ですら、アメリカ人が凄いかっこいい人に見えていたのですから。。。何なんでしょうね。原爆を落とし、それでいて、憧れの国にさせたアメリカ・・・日本はあまりに貧しい、力のない国、世間知らずの国だったのでしょうね。

戦争の悲劇は繰り返さないで。

戦争から得るものは何もない。

深い深い悲しみだけ。

では

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コメント

ご無沙汰しています!
最近ちょっと忙しくて久しぶりにお邪魔しました。。。
そうしたら、直立不動の少年と題されていて、びっくりしました!!
まゆりさんもあのドキュメンタリー見たんですね。。。
広島・長崎へは私も修学旅行で行った事があります。
原爆資料館では、ショックと恐ろしさで、当時の私はきちんと現実と向き合う事が出来ませんでした。
こちらに来て、戦争の歴史についてきちんと向き合うようになりました。(きっかけは、あの硫黄島からの手紙(栗林中将の手紙)だったのですが・・・)
怖いから見ていられないからと、目を背けては行けない現実が沢山あり、きれいな物、かわいい物、楽しい事にばかり目を向けていてはいけないんだと思いました。
末筆ながら、私のサイトも紹介してくださってありがとうございます。。。

投稿: 幸四郎ママ(rafiki) | 2008年8月13日 (水) 10時54分

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